幼少期は父親が建築会社を経営していて裕福だったので、小学校時代は習い事もいっぱいしてました。小学校時代は習い事もいっぱいやって。勉強もそこそこできたし、バスで通学してたんですけど、朝はまず、バス亭の掃除をしてからバスに乗るようないいコだったんです(笑)。でも、小5の時に会社が倒産して親も離婚してしまい、生活が一変。継母には虐められてロクにご飯も当たらないし、給食費をもらえなくて新聞配達をしたり。親戚の家や母親の家、父親の家など頻繁に引っ越しし、2、3ヶ月ごとに転校で友達もできず、中学校はほとんど不登校でした。中学を卒業してからは、建築の仕事をしたり、パチンコ屋で働いたりと転々としていて、ススキノに出てきたのは18歳の時。クラブの黒服をしていたんですが、当時はまぁそういう時代だったということもあり、パワハラの嵐でキツかったです(笑)。でもそこが半年で潰れてしまい、「ステージインラッシュ」というショーパブでオープンスタッフに。ダンスやお芝居、コントなどのショーをやるお店だったんですが、当然、全くの素人だったので必死でしたね。とにかく、一緒にやっている仲間の足を引っ張りたくないという一心だけで、仕事とレッスンに忙殺されるような日々でしたが、1年で閉店になってしまい、東京の劇団に誘われ、20歳の時に上京したのですが、ここも3ヶ月で解散。そして芸能事務所に入ったんですが、ここも事務所内のトラブルに巻き込まれて止める羽目に。あっと言う間にホームレスになってしまい、何とか人の助けもあり生活を立て直しかけた共路で、身内に不幸があり23歳の時に札幌に戻ることになりました。戻ってからは、パチプロをしながら食いつなぎつつも、先の見えない毎日を送っていました。
波乱万丈の人生
ショーを通して紡いだ絆が生きる道と成長をくれた
裕福なおぼっちゃまからホームレスに
人に助けられながらの開業 絆を大切に夢の実現
そんな時にたまたま飲みに行ったショーパブ「寿バーラウンジ」で人が足りないから3ヶ月だけバイトしてと頼まれ、そのまま常に人手不足と言うことでそのまま3年ほど働くことに。まぁ、なんだかんだで、ショーが好きだったんでしょうね(笑)。そして27歳の時にひょんな事から自分で店を持つことになりました。最初に入居したのはリバティビル(現LC参番館)だったのですが、お金もあまりなかったので、大家さんのところに500円の菓子折を持って足繁く通い入居費用を分割してもらったことを覚えています。初めてのことということもあり準備に追われすぎて、実はテナントを契約する時に店名を考えていなくて、その場の思いつきで契約日が大安だったこともあり付けた名前が「大安吉日」なんですよ。夢いっぱいの開業というよりも、とにかくオープンする為に必死だったんです。お金もなくて借金まみれだったし、メンバーも未経験の素人ばかりでしたが、ショーパブ仲間にレッスンを手伝ってもらったり周りには本当に助けられました。でも日曜営業にしたことで、昼働いている人たちに加えて、ホステスさんやホストさん、ニューハーフさんたちなど夜の人たちも来てくれるようになりました。月曜を定休にしていたのでお客さんの店に顔を出すこともでき、人の繋がりも増えてきて徐々に軌道に乗って行きました。4年後には倍の広さの美松ビルに移転。その後、7年目には好きな空間だなと憧れていたテナントにダーツ&レストラン「TRIPLE 20」をオープンすると言う夢を叶えることもできました。
死を見つめ、最後はステージの上で…
現在のサンヨービルに「大安吉日」「TRIPLE 20」共に移転もしましたし、ショーの内容も時代と共に変化していっています。世の中も当然変化していっていると思いますが、自分の中ではそれほど、意識してはいないですね。ススキノは今も昔も良い街ですよ。オープン当初から来て頂いてるお客さん、悩み事や相談にのってくれる人、間違った判断をした時に怒ってくれる先輩など、人の繋がりの大切さ、お客さんへの感謝の気持ち、従業員のありがたさなど、この街から多くのことを教わってきました。今、自分が出来る事、自分にしか出来ない事を考え、仲間を信頼し協力と努力を積み重ね試行錯誤すること…など全てここで学んだと思うし、成長させてもらいました。そう言う街でそう言う仕事を好きでやらせて貰える事に感謝ですね。でも1年半くらい前に体調を崩したんですよ。色んな病院へ行ったのですが結局、原因は分からず仕舞で、そう言うのって不安になるじゃないですか。だから始めて死を意識するようになったんですよね。今はイベント時にしかショーに出てないのですが、ショーがあったから今の自分が居るので、最後はステージの上が良いですね、自分ショーマンなので。
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